モエルごみの日

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お留守居キアロ

いつまでも入院ネタで引っ張って申し訳ありませんがもう一発いかせて頂きます。

私がいない10日間。
こんなに長く家を空けるのは結婚以来始めてのことだったので、事前に色々と用意をしました。とりわけ在庫品が途中で切れることの無いように、キアロ氏が途中で困ることの無いように、その準備は怠りませんでした。
猫餌、猫砂に始まり、台所洗剤、洗濯洗剤、町田市指定ゴミ袋、シャンプーなどなど、家庭の中は日用品であふれかえっております。
まぁ途中で無くなったら、そこは大人ですから買ってくればいいじゃんってな事なんですけども、いつもと違うのを買ってこられるとイヤだという、妙な潔癖症というか疳の虫のような、これはもう私の方の都合ですね。

そんなワタクシの血のにじむような努力で、キアロ君のお留守居は恙無く終わったのでありました。

おうちに帰ってきた日に私が見たもの。
それは玄関ドアの張り紙(誤字アリ)。

110220a.jpg

キアロ君、こんなチェック用紙を作って毎日過ごしていたようです。
最後の「仏さまのあいさつ」が泣かせました。

ごくろうさまでした!

Posted by moerux
Category : キアロ
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復活前夜

明日からお仕事することにしました。


待ってろよー仕事っ!

Posted by moerux
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役に立ったもの、立たなかったもの

入院時に必要なものとして、病院から言われていたものに以下があります。

前開きのパジャマ/下着/ガウン/湯のみ/洗面用具/ティッシュ/箸・スプーン/スリッパ/タオル/石鹸/歯ブラシ/ビニール袋(B4サイズ約26cmx36cm)/すいのみ

これらについて覚え書きをいくつか。

【前開きのパジャマ】
普段トレーナーとトレパンみたいので寝ているからパジャマなんて持ってない。しかも、なんで前開きじゃないといけないの?と不思議で仕方なかったのですが、これは身を持って知りました。
手術後すぐのころ、まだ寝返りもまともに打てない頃に看護師さんに手術服からパジャマに着替えさせていただいたのです。
その手順が、まず手術服の片手を脱いで―反対側に身体の向きを変えて―逆腕の袖も抜く。と、このように寝たまま着替えを手伝ってもらうのには、どうしても前開きじゃないと具合が悪いのですね。
脱ぐときもそうだし、着るときもこの逆の手順で。
というわけで、自分で起きれるようになったらもう普通のトレーナーとかで大丈夫ですが、当初は前開きじゃないとダメって事ですね。

あ、それから、冬だから暖かいほうがいいと思ってフリースのパジャマを買ったのですが、これは失敗だった。
体調が普通でないせいか、手術後は体温調整がうまく働かず寝汗をかいたのですが、フリースだと水分を吸収してくれなくて非常に気持ちが悪い。
パジャマは木綿など、吸水性のよい素材をえらんだほうがいいです。あと病院内は暖かいので真冬でも寒さの事は考えなくて大丈夫です。

【ガウン】
病棟外に出ることもあるから、と但し書きがありましたが、そんな機会は無かったし。あ、あったか、一度売店に買い物に行きましたが、パジャマのまま行っちゃった。個人的には必要なかったな。神経質な方は持っていったほうがいいかも。

【湯のみ】
まったく必要ありませんでした。

【スプーン】
なんでスプーン?って思ったけど、重湯などを食べるのに必要でした。

【タオル】
ベッドの頭周りに敷いたり、枕カバーに巻いたりと、バスタオルが役に立ちました。多めに持っていっても損はしません。

【石鹸】
石鹸なんて病院にあるんじゃないの?って思って持っていかなかったら、無かった。手洗い石鹸だけじゃなく、シャワーのときに身体を洗う石鹸も用意されていないので、これはあとからキアロに買ってきてもらいました。

【ビニール袋(B4サイズ約26cmx36cm)】
これはなんだったんでしょう、サイズまで指定して。
全く使いませんでしたし、病院側から聞かれもしませんでした。

【すいのみ】
ペットボトルに付けるストロー式のを100円ショップで買って持って行きました。まだ起きれない頃、横になったまま飲むことが出来て、これはとても良かった。


このほかに自分で持っていって役に立った物を思いつくままに。

【ケータイ】
ケータイ無かったら死んでたかも。
一応、ケータイは使用禁止で、もちろん充電も禁止なのですが、誰が守るかそんなこと。
一日に2回充電しなければいけないほど使ってたなー。
看護師さんに隠れてケータイを使う癖がついてしまって、退院後にひさびさのシャバでカフェに入ったのですが、お店のオネーチャンが近づいてくるたびにビクビクしてしまいました。

【ノート】
さまざまな記録用に。
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なけなしのシャア専用学習帳(限定販売)をおろしました。

【ひまつぶしグッズ】
ナンクロ、本、ウォークマン。三種の神器。

【フリクションボールペン】
パイロットから出ている消せるボールペンです。ナンクロで間違ったところも消せるし、鉛筆と消しゴム持って行くより、このペン一本でOKです。

【ボールペン】
ただし、消せちゃうのでサインには不向きなので、ボールペンも必要でした。
なんのサインかと言うと、同意書です。
手術同意書、麻酔同意書、ほかにもありとあらゆる同意書があったのでした。

【ナプキン】
婦人科の手術だったので、手術後に多少なりとも出血がありナプキンは必要で、これはあとから妹に買ってきてもらいました。
念のため夜用スーパーにしたけど、それは手術後すぐの頃だけで、あとは普通のナプキンで十分でした。

【ふりかけ】
病院のご飯は不味いと噂に聞いていたの用意して行ったのですが、病院のご飯はおいしかったです。
せっかくなので何度か使ったけど、べつに無くても良かった。

【小銭】
入院中に大金を使うことはないですが、ペットボトルのお水を買うのに小銭は必要でした。
あと、お見舞いのお金を大きいのと千円札とに分けて包んできてくれた方がいて、助かりました。経験してみないとわからないことだと感心しました。

【爪きり】
入院記録の方にも書きましたが、途中で爪が伸びてきたので持ってきてもらいました。

こんなとこですかね。
着替えや洗濯物は、(結婚記念日以外は←根に持っている)毎日キアロが持ってきてくれたので助かりましたが、一人だとしたらもっと色々必要だと思います。

以上、覚え書きでした。

Posted by moerux
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入院九、十日目 1月26日(水)〜1月27日(木)

 1月26日(水)

今日は退院検査の日。
摘出した子宮筋腫や卵巣嚢腫の細胞病理検査結果を教えてもらえる日です。
手術は無事に終わって回復もしてきているけれど、この結果次第では本当には喜べない。あんまり考えないようにしていたけれど、本当はすごくすごく心配でした。

9:00。ナースコールのスピーカーから名前を呼ばれて処置室へ向かいました。
執刀医のI先生です。
まずはお腹の傷口のチェック、そして婦人科の例の椅子に乗って内診、消毒。これらは特に問題なし。
そして病理検査の結果も問題なし。明日退院決定です。

やった、ばんざい!

退院後の生活の注意が(重いものを持つなとか、退院後しばらくは入院中と同じような生活にしろとか)を書かれた紙をもらいましたが、食生活は普段どおりでかまわないとの事でしたので、気になっていたあのことを聞きました。

「普通って、あの、アルコールも大丈夫なんですか?」
「まぁ、そんなに大量に飲むってわけじゃなきゃね…」

このときのI先生の半笑いが、先生の心中を物語っておりましたが、気にしない気にしない!

9:30。最後の鉄剤注射。

110124_1034~02.jpg
(先日も使った写真ですが)

この注射のあと、手の甲に刺さった針を外していただき、ついにすべての管から開放されました。私は自由よ〜!(まだだよ…)

11:00。妹来。談話室で昼ごはんまで話す。
退院が決まったことを話して一緒に喜んでもらいました。
お腹の傷みる?と聞いたら、みる、というので、談話室に誰もいなかったのを幸いにお腹をべろんちょとめくりパンツをずらして見せてあげました。うーん、なまなましい…と感想。まぁそうでしょう、しろうとね。ふっふっふ。

12:30。シャワー。
手の針がなくなったので心置きなく頭を洗い、体を洗い、タオルを絞る。いいなぁ〜自由っていいなぁ〜。

午後からは、身の回りを整理しました。
明日退院後は自分ひとりで帰るので、ほとんどの荷物は今夜キアロに持って帰ってもらうことにしました。
タオル、着替え、本、お花、書類、短いようで長かった10日間、長いようで短かった10日間、いつの間にかずいぶんと荷物が増えました。
本当に必要最低限のものだけを残してパッキング。



1月27日(木)

退院の日。
朝食を済ませたら、あとはもうなにもやることがありません。前のベッドのインコばばあは早くから自分の服に着替えてうろうろしていましたが、私はギリギリまで寝巻きを着たままで入院最終日の喜びを満喫していました。

薬剤担当の方が退院後に飲むお薬を持ってきてくださいました。鉄分の薬が2週間分、痛み止めも同じくらいあったけど、これは痛いときだけ飲むようにとのこと。

11:00。事務担当の方が退院証明書と請求書をもってきました。

さぁお家に帰ろう。

ナースセンターで手首のバーコードを外してもらい、看護師の方に挨拶をして、颯爽と去る…つもりですが、まだ歩みは若干ふらふらです。

一階のもろもろカウンター。
保険屋に提出する診断書を庶務の窓口に提出し、退院受付で入院全納金を一旦返してもらい、その後改めてお支払い。(カード払いにしたのでこういうややこしいことになりました。)
一口で書けばこれだけの事ですが、まぁ色々あってこれが二時間くらいかかりましたが、なんとか病院脱出。

これで全部終わった!

皆様。
お見舞いの品を送ってくださった方や、お見舞いに来てくださった方、お手紙を下さった方、自分の闘病生活を話してくださった方、それからメールやツイッターで気晴らしに付き合ってくださった方々、心の中で密かに心配して下さっていた方々。それからそれから結婚記念日以外は毎日来てくれたキアロ氏!
みんなみんなありがとうございました。

モエルはこうして無事元気になりました。

入院記録はひとまずこれで終わりです。
長々と読んでいただきありがとうございました。

Posted by moerux
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入院七、八日目 1月24日(月)〜1月25日(火)

1月24日(月)

体重を量ってみたら手術前より100g重くなっていました。…どういうこと。
そういえば食事もすっかり普通のご飯に戻り、計算してみたら一日の摂取カロリーが2100くらいもあります。これって成人男性並み?貧血食と但し書きがあるから沢山食べて元気になれということなのでしょうか。それにしても手術前より重いってヤバイです。院内ダイエットを決意。

加入している生命保険の担当者に今回の入院のことを電話で報告。必要書類をキアロ経由で送ってくれる由。

1月25日(火)

9:00。抜鈎(ばっこう)
昔は手術のあとを針と糸でちくちくと縫ったようですが、最近はホチキスでぱんぱんととめるだけです。手術後六日目、いよいよ抜鈎の日が来ました。

抜鈎のあと、その日はシャワーを浴びることが出来ないので朝のうちに済ますよう指示されていましたので、またゴッドハンド洋一に変身。いちいち面倒くさいです。早く点滴卒業したい。

呼ばれて処置室へ行くと、担当は松島菜々子似と噂の美人先生でした。
ツンツンツンとリズミカルに外される感触を数えていたら、針の数は全部で15個。それから先日ドレン管を外して頂いた時に残ってしまっていた糸も全部きれいに抜いていただきました。
美人な上に手際も良い。

さあ、これでお腹はすっかりノーガードです。
万が一パカっと開いてしまったらどうしようと、意味も無く不安なのですが、これでいいのだと。

9:30。順調に回復してきたので、ナースステーションから遠く離れた病室へ引越しとなりました。
あんよは上手で見守ってくれた先輩病人のおばちゃんたちともお別れ。お世話になりました。

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(淑女の寝室。カーテンの向こうに人がいるんじゃなくて、私のシルエットです。)

今度の病室は南向きの明るいお部屋。今までは中庭に面していて景色もよくなかったのですが、今度は見晴らしもいいし、ワンセグも入るし、グーです。
引越し後私が一番最初に確認したのは、もちろんコンセントの場所。ケータイ、ウォークマンと充電命の入院生活ですから。あそこだな、よし。

15:00。抜鈎後は病棟以外に出てもよいので、一階の売店に買い物に行ってみました。
マウントレーニアの冷たいコーヒー。味わってゆっくり飲みます。すごくおいしい。

21:00。就寝。
部屋が暗くなってしばらくすると、なんか変な音が聞こえてきました。音?声?人間?インコ?インコ?これインコの声!?
それが、私と同じタイミングで引っ越してきた向かいのベッドのご婦人の寝言だと気がついたのはすぐのこと。

インコを飼ったことのある方ならわかっていただけると思いますが、人の声を真似しているときの、真似しはじめたときのインコの声ってありますでしょ。あれそっくり。インコがいるとしか思えない声なのです。

文字で書けというならば、
アー!ムニャムニャムニャピチュピチュピチュ。。。。アッハッハッハッハーーーー!
こんな感じとしかいいようがない。

さっきまでは妙齢のご婦人だったとおもうのですが、いつの間にかインコになっているよ!

インコばばあの声を聞きながら新しい病室での夜は更けてゆくのでありました。

Posted by moerux
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入院六日目 1月23日(日)

6:00。起床。すぐに看護師さんが見えて血液検査用の採血。これが生まれて初めての経験だったのですが針を刺しても血が出なかった。やはり足りないのかな。普通の圧式の入れ物では採血できなかったので、スポイトで吸う式のまるでお医者さんごっこしているような器具でようやく一定量の血が集りました。

8:00。朝食。おとついよりも昨日よりも固形度が上がっています。
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全粥/味噌汁/炒り煮(鶏・人参・隠元)/胡麻和え(ほうれん草)/うす煮(蕪)
おいしい。みんなおいしい。ご飯なんてこんなに食べてもいいんですか?って位の量だし。
世間でよく言われている、病院の食事がおいしくないってのは、あれはウソだな。塩が無かったから色がおんなじ小麦粉入れときましたっての、あれ、ウソだな。(←某漫画であった)

本来なら今日は点滴の針がはずれる筈なんだけど、さっきの血液検査の結果で数値が上がっていなかったので、見送りになりました。ガッカリ。
鉄剤の注射をこの刺さっている管から入れるのです。ドス赤いようなドス黒いような邪悪な色をしたお薬。

針がはずれなかったので、シャワーも見送りかと思っていたら、ゴム手袋とサランラップをぐるぐるまきにしてなんとか入れるようにしてくれました。
片手が妙に不自由で、イメージ的にはモンスターエンジンのゴッドハンド洋一です。
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自由な右手と、左手はそっと添えるような感じでなんとか頭と身体を洗いましたが、タオルを絞ることが出来ません。なんと言っても手の甲に針が刺さったままなので、ぎゅっと握ったり力を入れたりは痛くて無理なのです、ゴッドハンドなのにね。
で、私が取った行動は。
まずタオルの一端を風呂椅子の上に置き、ヨッコラショと足を持ち上げ踏んで押さえる。そして反対側を右手で持って絞る。
なかなか壮観な淑女の入浴シーンです。

こんな些細なことでも病院の中では一大行事なので、まぁあっと言う間にお昼になっちゃうわけですよ。

12:00。キアロ来。
都内に住んでいるお義姉さんも待ち合わせて一緒にきてくれました。談話室で一時間ほど話す。

昨夜キアロに頼んでおいた爪きりで爪を切りました。入院する前に切ってきたのに、もう伸びています。(このあと退院直前にもう一度切りました。)入院中に爪なんて伸びなくてもいいのに。

16:00。兄一家来。
総勢4人、家族で来てくれました。受験間近の中学生の姪っ子の話を少し聞いて、あとデカワンコの話で小さく盛り上がりました。
デカワンコ、早く観たいよ。多部ちゃん…。
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(いまや心の支え)

17:00。看護師さんが来て、オシッコの計量はもうやらなくていいとお許しが出ました。
これで夜中も心置きなくトイレに行けます。
家にいるときは一度寝たら朝まで起きることは無いのですが、病院だと一晩に何度も目が覚めて、そのうちの何回かはトイレに行きたくなります。
これは環境が変わったせいか、病気のせいか分からないのですが、家に帰ったときもそのままだったら困るな。

18:00。夕飯に鰈の煮付けが出たのですが、これが食べてみてびっくり。形はきれいな切り身の形になっているのですが、骨が一本も無いのです。よくみたら背骨だけじゃなくて、縁側の部分は両側ともばっさりと切り取られています。
これが、以前にニュース番組で見たことがある骨なし野郎、あいや、骨なし魚なのか。確かどこか外国で魚をばらして、骨を抜き、糊みたいなのでまた合体させているというあの骨なし魚。
ついにご対面しました。
確かに病人が骨を喉に詰まらせたとなると大変だし、食べやすいからこういう加工食品を使っているのでしょうけれどね。
実は私、魚のアラとか、鰈の縁側の部分とかをちまちまちまちまちまちまと箸で丁〜寧〜に発掘作業のようにほじくり返しながら食べるのが大好きなのです。しかも縁側の部分なんて一番おいしい身が着いているところなのに。
骨返せ!私の骨どこへやった!!

と、これがつい先日お粥の粒で感激した人間の吐くセリフとは思えませんが。

骨、返せ。

Posted by moerux
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入院五日目 1月22日(土)

昨夜は管抜きお見舞いと、盛りだくさんで疲れたせいかよく眠れました。と言っても途中で二度ほど目覚めてしまいました。
夜中にトイレに行くときは周りのベッドのみならずよその部屋で寝ている患者さんに申し訳ないのです。というのは、オシッコの管が取れたもののまだ量を把握しなくてはいけないので、そのつど計量しなくてはいけないのです。計量は器械が自動でやってくれるので面倒はないのですけれど、その器械がいちいちしゃべるのですね。
「名前のボタンを押してください」
「番号を確認してください」
「尿を入れてください」
「蓋を閉じます」
深夜に響く、私がオシッコをしたことを病棟中に知らしめる無機質な声。ごめんなさいごめんなさいこんな時間にオシッコなんかして。

朝キアロにおはようメールをしたらこんな返事が来ました。
「おはよう。結婚記念日おめでとう。」
あ、今日は結婚記念日だったんだ。私はいつも忘れてしまうのだけれど、キアロは毎年覚えていてくれます。もしかしてこのヒト、私のこと好きなのかしら…と思ったのですが、メールの続き、
「明日病院に行くから今日は行かなくていいかな?」
…毎日来てくれているのに結婚記念日だけ来ない男。ふっ。

8:00。朝食。昨日は3食とも重湯で、粒も無ければ味も無い拷問のような食事でした。今日は進歩しているはずなので期待大です。

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五分粥/味噌汁/含め煮(五目しのだ)/桃缶/牛乳
固形物!ブラボー固形物!!
この五目しのだの美味しかった事、一生忘れない。とこの時は思ったけど、もう今では大体忘れていますけれども、やっぱり人間は食べて何ぼだな、噛んで食べることがどんなに大切でありがたいかと実感しました。

9:00。体を拭く用の蒸しタオルが来ました。さて、病院で私が覚えた言葉の一つに「おしも」があります。蒸しタオルを持ってきてくれるスタッフが「青いタオルはどこでも拭いていいです、オレンジのタオルはおしもに…」とこのように使っているのを聞いて覚えました。おしも、と言うときは必ずちょっと微笑んで下を向きながらおっしゃいます。
どこでもいいところとおしもを拭いてこざっぱりしましたが、実は頭が相当気持ち悪い。手術前にシャワーを使ってから三晩経ち、かなりいい感じの発酵具合を迎えている我が頭髪です。シャワーの許可はいつ出るか分からないから、ここらで頭だけでも洗っておきたいのですが、何せ右手は点滴針が刺さりっぱなしなので一人では出来ません。
思い切って看護師さんにお願いしたら、忙しいお仕事の合間を縫ってこころよく洗ってくださいました。感謝。

15:00。不二子ちゃんとジローが連れ立ってお見舞いに来てくれました。
久しぶりに会った不二子ちゃんからは貧血の顔になっているといわれました。貧血の顔って何?と聞いたら、白い、と。
医療関係のお仕事をしている不二子ちゃんと、つい先日某手術を経験したジローという組み合わせなので、病院話も進み夕飯の前くらいまで楽しく過ごしましたが、実はちょっと疲れました。やはり体力が落ちているのと、血が足りないのか。
血がたりねぇ、肉だ、肉をくれ。(byルパン三世カリオストロの城)

110206b.jpg

18:00。そんな私に出された夕食は、若干のお肉と鉄分飲料(不味い)。

21:00。就寝時間後、ウォークマンに入れてきた『2001年宇宙の旅』。どろどろしたヘンな宇宙食をスプンですくって食べているのを、かわいそうに、と思いながら観たのでした。

Posted by moerux
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入院四日目 1月21日(金)

ご飯食べたさに出てなくても出ましたと嘘ついちゃおうかとまで思っていたオナラ物件なのですが、深夜、ついに出ました。
やんごとなきワタクシなので、それはもうお上品な、「ぷッ………ち………」と蚊の鳴くようなオナラだったのですが、一回は一回。朝食カマーーーーン!

6:00。看護師さんが顔を出したので、その旨報告。ついでに昨夜から少し気になっていた、出血していそうな感覚があったので下着をめくってナプキンを見てもらいました。
この程度なら全然大丈夫ですとの事。安心。入院4日目ともなると、もうこういう行動に一切恥ずかしさがなくなっています。

110205a.jpg
そして待ちに待った朝ごはんがこれ。
重湯、お澄まし、ほうじ茶、ジョア…一切の固形物なし。
しかし、こんな流動食でも、すすっていると胸がどきどきしてくるのです。嬉しさからじゃなくて、あまりにもひさしぶりに食べ物が入ってきたので動悸が激しくなっているようで、こんな水みたいなのを飲むのに30分も費やしました。おとついの自分が懐かしい。

10:00。回診。今朝は執刀医のN先生でした。
ドレン袋の血の量が一日で100cc以下になれば管を外してくれることになっていたのですが、やっとその量以下になったので、病室のベッドに寝たまま管を外して頂くことになりました。

その時、私は手術後初めて自分のお腹を見たのでした。

おへその下辺りから縦にまっすぐに伸びた傷口です。結構な長さがあります。15僂らいか。傷は縫わずにホチキスみたいな金具で何箇所も留めてあります。そして、それ全体を透明なフィルムで保護してありました。
それから右下の方、コマネチラインのちょっと上あたりに小さな穴があいててそこから直接透明な管が、うーんと、ボールペンくらいの太さかな、その管が直接生えていました。これは結構ショッキングな光景。おもわず「わー」と声を出したら、「初めて見たの?」と看護師さんが。へへへ。ねー。と目で会話。
なにが「ねー」なんだか。

この管は穴付近の皮膚に糸で留めてあったので、まずその糸を切って外し、その後管もずるずると引き出します。あの奇妙な感覚はなかなか味わえないものでありました。

その後、オシッコの管も、背中の麻酔の管も次々に外していただき、手術後ずっと履きっぱなしだった例のきつい靴下も脱いでいいと許可が下りたので、今日はずいぶんと進歩したような偉くなったような気持ちになったのでした。

管子分達ともおさらばしたので、歩く練習も兼ねて体重をはかりに行って見ました。
手術後のキアロの感想、両手を広げて「こーんなに大きかった」や、二日間の絶食もあり、相当減っているかと思いきや手術前と比べて1.4キロしか減っていません。気に食わない。非常に気に食わない。4、5キロは期待していたのに。

11:30。妹がお見舞いに来てくれました。
術後の出血がまだ不安なので頼んでおいた夜用ナプキンと、情報収集のための新聞を受け取る。どういうつもりか分からないけれど、激辛せんべいも買ってきてくれました。食べられないよ…

15:00。両親もお見舞いに来ました。常に豪放磊落な父親なので、しゃべる声を小さく小さくと周りの患者さんに気を使いましたが、管につながれたままの痛々しい姿を見せることにならなくて良かった。

16:00。二人いる執刀医のうちのもう一人、若くてきれいなI先生が見えて手術内容の詳しい説明を受けました。
最後に、摘出したものは現在細胞病理検査中で、悪性のものかどうか調べているとおっしゃっていました。それが分かるのが来週の退院検査の頃だということで、手術が無事に終わっていたと思っていたのに少なからず衝撃を受けてしまいました。
もし悪性だったらどうするんだろう。悪性ってガンの事だよね。

19:00。面会時間ギリギリにキアロが来てくれたのでそのことを話すと、やはりショックを受けていました。そうだよね、そりゃそうだよ。

夜、キアロにメール
「あまりがっかりしないでね。本当に心配なら手術後すぐにその事を言うと思うし。どんな手術でも誰の場合でも検査はするんだし、その結果が出るのがちょっと遅いってだけなんだから。とにかく今は考えてもしかたない!良く考えても悪く考えても同じ時間しか経たないなら気楽に行きましょう!」

「そうだね考えないようにするよ。あとは神頼み!」

お気楽夫婦。ここにあり。

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入院三日目 1月20日(木)

痛い、ピストン押下、痛いピストン押下、痛い、ピストン押下の繰り返しで明けた一夜。

しかし、朝の検温時に看護師さんが、もう今朝からは押しちゃ駄目と鬼のようなことをおっしゃるのです。それはなぜかと言うと、今日の回診で先生に見ていただいたあとは内服の痛み止めに切り替える予定なので、その時に麻酔の効果が残っていてはいけないからと言う理由。

んなこと言ったって痛いものは痛いんです、どうしてくれるのですか。と泣きつくとどこかでなにやら相談してきた結果点滴の方に別の痛み止め薬を入れてくれました。

ところがそれが待てど暮らせど効いて来ない。回診は10時過ぎ。まだ朝の7時。それまでこの痛みに耐えろって言うのですか。
とにかく痛みは我慢するなと入院前からいろんな方からアドバイスいただいていたのでここは引いちゃいけないとまたナースコール。

今朝は私の一番好きなミニダンプのようなよく働く看護師さんで、じゃぁ一回だけですよ自分でやっちゃダメですよと念を押しながらピストンを入れてくれました。

とたんにすーーーーっと天使が通る背中。

ふー。

ありがとうありがとうミニダンプよ。

10:00。回診。この病院がそうなのか、どの病院でもそうなのかわかりませんが、回診は毎日違う先生が見えます。その日出勤の先生が全部の患者を見て回る方式らしく、執刀医とは別の先生が見えました。
傷口を見ていただいて、管から流れ出る血(ドレン)の量を確認して、

「ガスは出ましたか?」
「まだです」

ガス。つまりオナラ。
オナラが出れば腸が順調に活動している証拠なので、それ以降食事も摂っていいそうなのですが、それが出ない。自慢じゃないがオナラなんてそう簡単に出ませんよ。アタクシを誰だと思ってるんですか。
昨日も丸一日絶食だったので、かなりお腹が減っているのですが、今朝からは水を飲んでも良くなったので、空腹感はだいぶまぎれます。

そしてこの回診で心電図のコードを外していただきました。
酸素マスクは昨夜のうちに外れたので、後はベッドの右側にタンクが設置してあるドレン管と尿道の管。ベッドの左側にある点滴。ベッドの上の顔横においてある風船。
これらを引き連れながらのお祭り騒ぎのような寝返りは、痛みも伴ってかなり壮絶な図柄です。

寝返りなんて、普段意識してないけどなー。
寝返りしないと、下になっている背中とかお尻とか脚とかが痛くなってきちゃうんですね、知らなかったよ。

そんな寝返りに苦心している私に鞭打つように、午後からは徒歩の練習をさせられました。
昨日腹切ったばかりなのにもう立って歩く!噂には聞いていたけど本当だったのですね。
これも意味があって、手術したお腹の中が癒着しないように運動させるのだそうです。それからガス出しのためにも歩いたほうが良いそうで、看護師ミニダンプが付きっ切りで歩くお稽古を手伝ってくれました。

まずはベッドから立つところまでを、背もたれを20分くらいかけて数段階に分けて起こしてゆきます。ずっと寝ていたのでいきなりだと頭がくるくるしてくる。

そして、ここからが大仕事。
先ほど書きましたとおり私には沢山の管がつながっているので、その子分達も一緒に付いて来てもらわないといけないわけです。
点滴の柱にオシッコ袋とドレン袋を結び付け、更に風船玉を首からぶら下げ、さあ準備完了です。

ベッドの手すりにしがみつきながらゆっくりと立ち上がる。(立った立ったクララが立ったぁーーーっ!)

そして点滴柱を杖代わりにそうぅっと歩き出しました。
同室のオバチャンたちも、あんよは上手お転びお下手の体で笑って見守ってくれています。

まずはトイレまで行って見ましょう。
よちよち、よちよち。
はい、もうそのへんで戻ってきましょう。
よちよち、よちよち。

この距離、行って帰って10メートルほど。
さすがに一升瓶一本以上の血を失った身体らしく、頭がふぁーっとしてきました。

「どうですか、大丈夫そうならオシッコの管を外しますよ」
「い、いや、まだちょっと」

この日は夜までに3度ほど歩く練習をしましたが、なかなか自信が持てず結局オシッコ袋はそのまま。
そしてとうとう一日中ガスも出ず、昨日から通して丸二日間の絶食になったのでありました。

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入院二日目 1月19日(水)

6:00。起床。体温36.7℃。血圧99−57。平常です。

7:00。昨夜に続き2度目の浣腸。念には念を入れ、というか、念を出し、ですかね。
これは、すぐに出さないのがコツで液が回るまで少し我慢しなければならないそうで、そういえばむかしビックリハウスかなにかで読んだのですが、浣腸をされたあとも悠々とコタツでお茶を飲みその後平然と臨んでいったというばあさんの話を思い出します。
ばあさんリスペクトで処置室からトイレまで優雅に歩いたつもりですが、たぶん死にそうなアヒルみたいな格好だったことでしょう。

術後はしばらくシャワー禁止なのでこのタイミングで体をきれいにしておき、病院が用意してくれた手術服というものに着替えます。
どっかで見たことのあるような、前合わせ横紐留めの薄い布地のワンピースのようなもの。どっかがどこかは追求しなくてよろしい。

そしてこれまた病院で用意してもらった白い靴下を履きます。これがとてもキツくてそして太ももの上まであります。メディキュットのすごい盤みたいのです。
これは何かと言うと、手術中や術後かなり長い時間を同じ体勢で過ごすので脚に血栓が出来ないように予防する目的だそうです。エコノミー症候群と似たようなものですね。
看護師さんも夜勤のときに履いているとおっしゃっていました。

14:00。手術室に向かいます。全然元気で歩いていけるのに、なぜか車椅子に乗せられて移動。血圧が上がったりしないようにかな。付き添いのキアロも手術室前までお見送りについてきます。

大きな扉の前でベッドに移されました。ここから先は看護師さんも交代です。病室看護師と手術看護師とは領域が違うそう。キアロともここでお別れ。達者でなー。

ベッドごと移動。一枚扉を抜けて、もう一枚扉を抜けて、見えているのは天井なのですが、あのドラマとかで見たことのあるライトが視界に入ってきました。おぉいよいよか。
部屋にはBGMがかかっていました。矢野顕子の『ひとつだけ』がインストルメンタルで。大好きな曲です。幸先がいい。

3人の看護師さんが非常にてきぱきと働いて、今度はベッドから手術台に移されました。

「はいー片腕抜きましょうか」と、手術着の片腕を脱がすと同時に無防備になる胸とお腹の前面は大きなタオルで覆ってくれます。
「はいーもう反対側もー」と、全裸にさせられました。てーもー浣腸と続きついには全裸ですよ。病院ではもう体丸ごとです。
そして海老のように丸くなって脊髄に注射をうたれます。これは昨日のうちに麻酔科の先生から練習させられていたポーズで、麻酔を打つための予備注射。痛くならないための麻酔注射が痛くないための注射。です。なんて親切な。

このあたりで意識がなくなりました。

次に目が覚めたときには手術が終わっていました。
たぶん、あれは名前を呼ばれたのだと思いますが、いきなり目が覚めました。上にあのライトが見えます。まだ手術室の中です。

16:30。またいくつもの扉を抜けて病室に戻ってきました。

このときはまだ朦朧として自分では分かっていないのですが、私は沢山の管につながれていました。
・呼吸マスク
・左腕に点滴
・心電図
・背中(脊髄)に麻酔の風船
・尿道
・術後に血がたまるのでお腹から直接管を挿し血ヌキ。これは「ドレン」と呼ばれていました。

私が術後の処置を受けている間に、キアロが執刀医から説明を受けていたようです。
手術は無事に終わったけれど、癒着が激しく出血が1900ccと多かったこと。しかし輸血はしないで済んだこと。そして摘出されたものも見せてもらったそうです。

曰く、「すっごいでけーの。きれいなピンクのホヤみたいだったよー」

ホヤ好きの私のお腹からホヤ様のモノが。

先ほど書いた麻酔の風船というのがまだ背中に刺さりっぱなしなのは、ここに麻酔薬が入っていて、そして細い管、えーっと、インスタントラーメンの麺くらいの細さでしたか、それが背中に入っていて、あんまり細いから仰向けに寝ていてもゴロゴロしたりしないのですが、とにかくそこから気化した麻酔薬が絶えず身体に入ってきている仕組みになっているのです。痛み止めというよりは麻酔をずっとしている状態ですね。
そして、その風船には注射のピストンのようなものがついていて、痛さが激しいときは自分でそのピストンを押して薬の効果を増量していい式になっています。ただし一度押したら30分は押しちゃ駄目。
このピストンを押すとね、背中に天使が通ったようにすーーーーいと涼しい風が通る感覚があるんです。そして痛みがほとんど無くなる。実によろしい。
この晩はほとんど寝られなかったので一時間に一度くらいのペースで増量サービスしまくりました。

術後は看護師が頻回に様子を伺います。と事前に説明されていた通り、その晩は何度も何度も看護師さんが様子を見に来てくれて、血圧を測ったり、鉄剤の注射を打ってくれたり、口をゆすいでくれたり、寝返りを手伝ってくれたり、手術服から自前の寝巻きに着替えさせてくれたり、とにかく夜通し手厚い看護を受けました。

あとから聞いた話で、これも自分ではよく覚えていないのですが、その晩の消灯時間後、私は看護師さんに「枕灯をつけて本を読んでもいいですか」と聞いて怒られたそうです。

我ながらなかなかやるのう。

Posted by moerux
Category : からだ
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