モエルごみの日

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『点子ちゃんとアントン』
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とにかく点子ちゃんがかわいい。
くしゃくしゃの髪、少し上を向いた鼻、にーっと横に開く口。10歳くらいの設定だったかな?おしゃまな女の子なのだけど、ときどき大人みたいな表情も見せる。

ドイツのこの映画はケストナーという作家が書いた童話が原作らしいのだけど、ケストナーと聞くとなぜか黒柳徹子を思い出してしまう。何かの番組で紹介していたのかな、忘れた。

点子ちゃんは裕福な家庭の女の子、そしてあまり恵まれていない環境で育つ親友のアントンを助けたくていろいろな活躍をするのだけど、結局最後はアントンに助けられて、それが元で二家族皆で海に旅行に行くことが出来た。
うわー我ながらすごいまとめ方だ。でもまぁそんな感じの映画。

子供の生活、子供の成長を扱った映画は大好きですね。
私が好きな子供映画のパターンを分析してみると、まず子供が異文化に出会うのですね。そしてその衝撃や違和感を乗り越えたり払拭したりという作業の中で子供は子供時代として必要な何かを失い、結果として大人への扉をひとつ開けてしまう。そういう人生の一大イベントを仰々しくではなくてサラッと描いてくれる映画が好きなんです。

その異文化の象徴として、しばしば取り上げられるのが『死』なわけですよ。母親の死、飼い犬の死、突然現れた見ず知らずの旅人の死、とかね。だいたい誰かしらの死が身近に起きるのですけども。

この点子ちゃんは誰も死ななかったなー。近いところではアントンのお母さんが病気がちで、お?これは死ぬのか?と思ったら途中から段々元気になってきたし。アントンが車を勝手に運転して遠いところに行ってしまったときも、お?事故って死ぬのか?と思ったら麦畑に突っ込んだだけで怪我ひとつしなかった。

よくよく考えてみたら点子ちゃんの年齢では死の神秘に人生で最初に魅せられるのはとうに過ぎているのですね。点子ちゃんはもうちょっと大人なのです。

では何が描かれていたのか。
それは『男女間の友情』だったのではないかと。点子ちゃんとアントン。女の子と男の子。学校では意地悪な仲間にからかわれたりもするのですけれど、点子ちゃんは動じないのです。だってアントンは親友なのだから。
親友のためにけんかをしたり、人気の無い夜の駅で唄を歌ってお金を稼いだり、先生や母親に抗議をしたり。
本当はね、本当はちょっとある、男の子と女の子という意識。画面ではその辺の説明は無いけど、でもやっぱりちょっとはあるよね、10歳だもん。
でもそういうところから少し意識をずらして接している二人のバランスがすばらしいです。この年齢だったらあまり無理なく安心して観ていられますね。

余談になるけど先日テレビで観た『時をかける少女』のアニメ版では高校生の男女の友情がストーリーの主な味付けになっていたのだけど、これは観ていてちょっと苦しかったかな。

『点子ちゃんとアントン』
誰も死なないけど、点子ちゃんはたくさんの経験の中で少しだけ大人になります。そしてアントンとは永遠に親友!
そんな映画です。
Posted by moerux
Category : 映画
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