夕方ひどく雨が振ってしまうと帰りに自転車に乗ることができない。
先日もその伝で、翌朝は歩いて駅まで向かったのだが、そういう時は普段自転車のスピードでは見えないものが見えてきたりして楽しゅうございますね。
向こうから品のよさそうなおじいさんが歩いてくる。
白髪頭に白い服を着て、これまた白い犬を連れている。
この犬がまた、なんというか品がよさそうで、大型のテリア、の雑種かしら。私好み。
こういうとき、私の視線は犬に釘付けになってしまう。
歩きながらも目線はずっと犬に張り付いているもんだから、首がくるーっとスローに回ってて傍から見たら気持ち悪いだろうな。
その熱い視線に気がついたおじいさんが会釈をしてくれた。
(やたっ)
これはもう犬に触ってもいいって合図ですよ。
おはようございまーす、とかなんとか言いながらテリア(雑種)君に近づきあごの辺りをナデナデ。
おや、あごひげが濡れているね、お水を飲んできたのかい、ほんとに愛いやつじゃ。ナデナデ。
「おばちゃん、オハヨウって」
犬が喋ったのではない。
品がいいって褒めてやったじいさんが、じいさんが、私におばちゃんって。
この”って”が憎たらしい。
「おばちゃん、オハヨウってうちの犬が言ってますよ」だか
「おばちゃん、オハヨウって、シロや、言いなさい」だか
とにかく犬は言わん、そんなことぁ。
私は実年齢ではかなりのおばちゃんだが、実際おばちゃんといわれたことがない。
血縁関係では、叔母ちゃんであり伯母ちゃんである私だが、やつらは代名詞を使わずに名前で呼んでくれるし、小さい子供を持った友達も私に遠慮してか、やはり子供たちには名前で呼ばせて(くれて)いる。
そんなおばちゃん処女を、通りすがりの見ず知らずのじいさんに奪われた。
犬を武器に持った通り魔。
…やられた。